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特集記事アーカイヴ Issue 2001.03-04

翻訳を比べる(ランボーの作品をテキストにして)

Text: 竹林修一

翻訳とは、ある言語から別の言語への移し換えの作業にとどまらず、翻訳者の個性が否応なく発揮される、一つの作品と言ってもいいだろう。ここでは、ランボーが15 歳のときに書いた短い詩に対して、四人の日本人(粟津則雄・平井啓之・中原中也・永井荷風)が訳したものを比較してみようと思う。

感覚 (粟津則雄訳)

青い夏の夕暮れには、 小道伝いに、
麦にちくちく刺されながら細い草を踏みにゆくんだ、
夢みながら、 ひんやりとしたその冷たさを足もとに感じるんだ、
帽子もかぶらぬこの頭を吹く風に浸しておくんだ。

もう何もしゃべらない、 もう何も考えない、
ただ限りない愛だけが魂に湧いてくるんだ、
ぼくは行くんだ、 うんと遠くへ、 ジプシーみたいに、
自然の中を、 なんたる楽しさ、 こいつはまるで女連れだ。

ランボーに限らず、翻訳詩を読む場合、私は現代的な日本語に訳されているものを好む。私には堀口大學の翻訳(新潮文庫に多い)は、とても読めない。堀口の訳が下手というわけではなくて、(ルビこそふってあるが)旧漢字や旧仮名遣いを使ったり、古典文法の知識を必要としたりと、疲れてしまうのだ。小林秀雄も、堀口ほどではないにしても素直には読めない。詩が難しい、わからないという声をよく聞くが、それは翻訳が悪いのだ。誰でも、「そは誰がためぞ」という調子で読まされては、わかるものまでわからなくなる。

さて、粟津則雄の現代語訳は、とてもわかりやすい。このわかりやすさは四人のなかでも群を抜いている。現代語というよりは口語的だ。字句の意味だけなら小学生でも理解できる。しかし、二ヵ所だけ口語的でない単語が混じっているのが気になる。「かぶらぬ」と「なんたる」だ。「かぶらぬ」は「かぶらない」に、「なんたる」は「なんという」にするべきだろう。

ただ、このことは翻訳の全体を損ねるものではない。私が最も気になるのは、このあまりにもわかりやすいという事実そのものである。それは単純に、口語的だからという理由では片付けられない。

たとえば、「ひんやりとしたその冷たさを」という部分があるが、「ひんやり」と「冷たさ」の二つの単語を一つにまとめられないかと思う。ほかの三人は、この部分を、「爽々しさ」(中原)、「さわやかに」(永井)、「冷気」(平井)、というふうに、一単語で言い表わしている。

なぜ、粟津はここに二つの単語を必要としたのだろうか。その答えは、口語的な表現であるためだ、ということになる。喋り言葉で、私たちがクールな感じを言い表わすとき、ここのように「ひんやりとしたその冷たさを」と言うことは、至極当たり前に感じるし、少なくとも奇異には感じないだろう。 同じような表現方法を、粟津は「ただ限りない愛だけが」という箇所でも行なっている。ここも私は、「ただ」か「だけ」のどちらかを省きたくなるのだ。

詩は本来は、声に出して読み、そして人から人へ伝えられていった表現手段である。口語的になるのは、本来の姿に近づくことになるのだからいいじゃないか、と思う人もいるだろう。しかし、詩は会話ではない。詩は、作者が自分のイデオロギーやフィロソフィー、エモーション、インプレッションを凝縮して伝え、読者の側では凝縮されたものを自らの想像力で解き放つことで一層の効果をもたらすものだと思う。

その点からこの訳をみると、粟津は自分のなかで解き放たれたものを日本語として翻訳していく作業を行なったのだと推定できる。だから、わかりやすいのであって、口語的だからわかりやすいわけではないのだ。

感覚(平井啓之訳)

青い夏の宵々には、 小径を行こう、
麦の穂に刺され、 小草をふみに。
夢見るぼくは、 草の冷気を足に感じ、
あらわな額は風の浴みにまかせよう。

ぼくは話さない。 考えもしない。
だが限りない愛は魂にあふれてくるだろう、
ぼくは遠くにゆこう、 とても遠く、 ジプシーのように、
自然のなかを、 女連れみたいに幸せに。

これも粟津訳と同じく口語的に訳しているが、平井自身の中で起きた解き放ちではなく、凝縮されたままの詩を翻訳している感じを受ける。この点が粟津訳との違いだろう。

たとえば、最初の二行の、「青い夏の宵々には、小径を行こう、/麦の穂に刺され、小草をふみに。」であるが、粟津の同じ箇所の、「青い夏の夕暮れには、小道伝いに、/麦にちくちく刺されながら細い草を踏みにゆくんだ、」と比べれば、読者は情景の把握に戸惑うだろう。「小径を行こう」というのはわかるのだが、次の「麦の穂に刺され」と「小草をふみに」が、粟津訳のように一連の出来事なのかどうかが、はっきりしない。

また、「夢見るぼくは」とあるが、夢のなかで「小径」を歩き「麦の穂に刺され」ているのか、「小径」を歩き「麦の穂に刺され」ながら夢をみているのかはっきりしない(粟津訳では、明らかに後者だということがわかるのだが)。平井は、翻訳に関して次のように言っている。

『ほんやくは了解の結果でもある。いや、これは、ほんやくを目指しての努力であると言い換えることもできるだろう。(「テキストと実存」青土社)』

平井がここで「了解」と言っているのは、語学面、そのテキストの背景となる知識の面を含む、外国語のテキストの理解のことである。「了解」とは、もちろん翻訳者自身の個人的な了解であり、絶対性はない。たとえばここでテキストとしているランボーの詩は、世界で、また時代を通じて唯一存在するものであって、この詩を一字一句でも変えてしまえば、もはやランボーの詩ではなくなってしまう。ところが、翻訳というのは、翻訳者の数だけ翻訳詩があり、ここにあげた翻訳の一部を私が自分の気に入るように書き換えてしまえば、もうそれは私の翻訳に成り代わるというものなのだ。

つまり、原テキストは、たとえ同言語であっても言い換えを拒む性質をもっているのである。ましてや異言語への置き換えなどは、原テキストとは遥か無関係なところで行なわれる行為であり、翻訳者に対して、原詩に忠実であれと要求するのは無意味である。このようにして翻訳を考えると、冒頭に述べた、翻訳とは翻訳者の個性が否応なく発揮される一つの作品であるということが納得してもらえると思う。

感動(中原中也訳)

私はゆかう、 夏の青き宵は
麦穂脛刺す小径の上に、 小草を蹈みに、
夢想家 ・ 私は私の足に、 爽々しさのつたふを覚え、
吹く風に思うさま、 私の頭をなぶらすだろう!

私は語りも、 考えもしまい、だが
果てなき愛は心の裡に、 浮かびも来よう
私は往かう、 遠く遠くボヘミアンのやう
天地の間を、 女と伴れだつやうに幸福に。

前の二人はフランス文学者だが、ここからの二人は詩人と小説家だ。自らも表現する作家と、作家の表現したものを批評する文学者とでは、その訳風に違いは現われるのだろうか。これは興味深い問題だ。このことを考えるにあたって、粟津則雄が次のようなことを言っている。

『わが国の近代詩の展開は、上田敏の「海潮音」や「牧羊神」、永井荷風の「珊瑚集」、堀口大學の「月下の一群」といった訳詩集の存在を抜きにしては考えられないのである。(中略)ところで「海潮音」にしても「珊瑚集」にしても「月下の一群」にしても、もちろん詩の選択や訳しようのうちにおのずから訳者それぞれの好みや資質がうかがわれはするが、全体としてはやはり啓蒙的な性格が強く感じられる。翻訳を介しての対象との合体が、訳者の精神のなかで本質的な事件となっているとは言い難い。(中略)その点、中原中也の訳詩は、詩人としてのおのれの能力のいっさいを挙げて対象の核心に迫ろうとしている。(「中原中也全訳詩集」講談社文芸文庫)』粟津がそう言うのももっともだ。 なぜなら中原中也が手がけた翻訳のほとんどはランボーなのだ。中原の翻訳は、数々の語学上の間違いを犯していることが指摘されているが、彼にとってみれば、フランス語という異国語の壁を通り抜けて、ランボーという一詩人と対峙することこそ重要だったのだろう。

中原が訳した「感動」をみてみよう。私は、書き出しの「私はゆかう」にもっとも魅力を感じる。他の三人は、情景描写で始めているが、中原だけは「私はゆかう」という行為表現からこの詩を始めている。ここで読み手が受ける印象としては、[「私」が行く先はどんなところかはわからないが、とにかく行ってみよう、歩いているうちに、今は夏の夕時で、麦の穂の痛みを足に感じることに気がつく]となる。夏の爽やかな夕暮れに導かれて歩きだすのが、三人の場合だが、状況とは関係なく、歩きたいから歩きだすというのが中原のこの訳の特徴である。

第二連の三行目にも、同じ「私は往かう」が使われている。ここでは「往かう」と漢字になっている。このような表記の不一致は、中原の関心外のこととも思えるが、次の行に「天地の間」とあり、「往かう」と書くことで、「天地の間」を「ボヘミアン」が「往復」するイメージが浮かんでくるので、結果として成功している。

そゞろあるき(永井荷風訳)

蒼き夏の夜や
麦の香に酔ひ野草をふみて
こみちを行かば
心はゆめみ、 我足さわやかに
わがあらはある額、
吹く風に浴みすべし。

われ語らず、 われ思はず、
われたゞ限りなき愛  魂の底に湧出るを覚ゆべし。
宿なき人の如く
いや遠くわれ歩まん。
恋人と行く如く心うれしく
「自然」と共にわれは歩まん。

四行詩二連からなる原詩の構成を、六行詩と七行詩の二連の構成に変えて訳している。声に出してよむと、俳句に近い感触が味わえる。この翻訳の特徴は何と言っても、タイトルの「そゞろあるき」に現われている。他の三人は、Sensationという抽象語を辞書の定義どおりに訳しているが、永井はこれを動態語の「そゞろあるき」と意訳している。「そゞろあるき」とは、「目的もなくのんびりと歩くこと」だ。確かに、15歳のランボーにはこれがぴったり当てはまるかもしれない。

永井荷風は、アメリカやフランスに滞在した経験がある一方で、江戸情緒を重んじた作家でもある。彼が翻訳を行なう目的は、欧米詩の直輸入的な紹介ではなく、欧米と日本との間に挟まれながら、なおかつどのように日本語を表現するかという点にあった。

彼のこのランボーの訳詩は、古文体ではあるが読解に難儀を感じることはない。このことに関してある人は、彼の漢語に対する造詣の深さをその理由としているが、私は、彼の散文の美しさをもってすれば、このように流暢な日本語への翻訳は十分可能だと思う。むしろ私が彼の漢語に対する教養を感じるのは、他の三人が、「ボヘミアン」「ジプシー」としているところを「宿なき人」と日本語で表現している点においてである。「ボヘミアン」「ジプシー」といえば、広い欧州大陸での放浪生活者を指す言葉であり、日本のような小さな島国での放浪生活とは意味が違う。永井の場合、日本語の使われる環境に適応する言葉を使わなければ、それは翻訳したことにはならないとの信念があったのではないか。

四つの訳詞を眺めていたら、自分なりのイメージがわいてきた。そこで、重訳を試みてみた。この詩はランボーが15歳に書いたということを考慮して、なるべく平易な単語と言い回しを心掛けた。

ぶらぶら 竹林修一訳

夏のゆうぐれ、 空は青くて
麦の穂の香りがかぐわしく、 おれは小道を歩いていく
夢心地がして、 踏みしめる足元がひんやりして、
額にはきまぐれな風があたって、 髪はひらひら

ことばはいらない、 理屈はいらない
なにかしら、とてつもない、 なにかがおれをノックする
だからおれはあるく、 どこまでも、 ボヘミアンのように
青い空、夏の季節、夕日、麦の穂、風、おれはすべてと手をつないで、
まるで美しい女の子と歩いている気分なんだ


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